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おそらく誰も神話が本当だとは信じていない。けれども、そう言って多くの民が亡くなった理由を、そしてあれ程盛んになっていた狩りや漁を縮小しなければならなかった理由を、アークの民以外のせいにしてしまいたかっただけだ。
そのうち、余所者が入ってきたから、アークに禍が起こったんだと騒ぎ立てる者たちが現れ、アークを支援してくれていた海洋生物研究所の研究者たちとの溝が深まり始めた。
その中心になっていたのは、アークの中でも長に次いで権力を持っていた男・イカルクジョアで、その富の多くは外の者に毛皮や牙などを売り渡したり、アークの他の者に船やスノーモービルを貸し出すことにより得ていた。
外の者が手を引いた事で最も痛手を受けたのもイカルクジョアとその一族だ。イカルクジョアは長の方針に不満を募らせ、頻繁に歯向かっていた。
そうしたイカルクジョアが騒ぎに乗じてアークの長の力を弱めようとしていたのは明白だった。
「リラ一体どうしたの? 何かあったの?」
問いかけても、リラは頭を振るばかりで何も答えようとはしない。
泣き腫らした目のままノアを見つめると、リラは突然ノアの唇を塞いだ。
「リラ……? 掟を守らなくてもいいの?」
「掟になんて今更何の意味もありません。もっと早く破っておけば良かった。
ノア、もうどこへも行かないで下さい。両親が死んだ理由も、もう分からないままでいいですから。だからこのまま私の傍にいて下さい」
リラは泣きじゃくりながら、ノアの胸に縋りつく。
ノアの頭の中で、いくつもの記憶が混じり合う。何が本当で何が嘘なのかノアにはよく分からない。
「リラ、僕は酔っているんだろうか。やっぱり僕はこうやってリラにキスをした覚えがある。あれは、海辺の家の中だった。
二人で窓から明るくなっていく海を見て、僕はリラに約束をした。今日乗る観測船が再びアークに戻ってきて、リラが成人を迎えたら結婚して欲しいと」
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