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凍てついた大地
「リラ、この辺りで良いかね」
鋭い目つきをしたティカーニがリラに話しかける。オオカミという名に相応しい切れ者のティカーニは、長の片腕と言われている男だ。
「はい、ここで間違いありません」
「ここは昔からアークにとって神聖な場所とされている凍てついた大地、リラも名前くらいは聞いたことがあっただろう。神の使いイッカクの棲まう場所だ。
知っているのは、その神事に関わる僅かな者と神事に必要なイッカクを狩るものだけ」
ティカーニとリラの視線の先には凍りついた大地が海の中に浮かんでいる。周りには薄い流氷が漂い、ぶつかり合う氷塊が鳴いているような声をあちらこちらであげ、まるで魔物でも住んでいるように思える。
ノアの言ったようにこの辺りにはイッカクの群れがいるらしい。さっきから、数匹のイッカクが泳いでいる姿をリラは見かけた。イッカクは時折氷の間からその牙を出し、また水面下へと戻っていく。
「ティカーニ、この場所に外の者を入れるのはいくら長の代理とは言え、納得できない。またノアのように神の怒りに触れる者が出ても良いと言うのか」
ティカーニはイカルクジョアをじろりと睨みつける。イカルクジョアは狡猾そうな顔を醜く歪め、ティカーニを睨み返した。イカルクジョアとはサメを意味する名だ。
「イカルクジョア、これは長の命である。長にはむかう気があるのなら、私が代わりに聞こう。しかし、先に聞きたいことがある。お前の破砕船が冬の間に、この辺りに何度か停泊していたのをノアが見たそうだ。一体この神聖な地で、お前は何をしていたのだ」
イカルクジョアがごくりと唾を飲み込んだ。
「何故ノアからそんな話を聞くことが出来る。ノアはもう既にこの世にはいないではないか」
「ノアが姿を消す前に、カナダの研究所でアークの破砕船が衛星写真に映っているのを見たそうだ。イッカクの数が激減しているようだが密漁の可能性はないかと、カナダから何度も調査依頼が来ていたが、長はアークの民が掟を破り神の使いを殺すなどあり得ないとそれを受け入れなかった。
だから一年前、ノアがこの場所を調べたいと長に言った時も、長は首を縦に振りはしなかった。でも、ノアは長の命に背き、この場所へと向かった。そして命を落とした」
「ノアの事はとても残念だったが、長の判断は賢明だ。私はイッカクを密漁したりはしない」
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