◇ ナーフェルにて

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「とりあえずノアの家に行きましょう」 口に拳を当てて、少し考え込むように黙ってからリラはそう言った。 リラが案内してくれた家は『Narwhal』から歩いて僅か数分の場所にあった。 「ここって……」 「海に近い家の方が宜しいですか」 「ううん、リラの家の近くだと思って。去年言ったことを憶えていてくれたんだね」 リラはノアがそういうと覚えていたのかそうでないのか曖昧な笑みを浮かべる。 アークの民の多くは海辺に、外の者は崖近くの高い場所に住む。誰が決めたわけでもないのに、きっぱりと線が引かれたようにそう分かれたのは、昔多くの外の者が入ってきた時に、高台にいくつか山小屋のような住居が建てられたからかもしれない。今ではアークの民もそれを真似して作られた同様の家に住んでいる。 外からもたらされたものの一つであるアルコールは、今やアークにも欠かせないものとなったが、アークの気候に酒造りは適さない。 その為かアークには元々酒を飲むという習慣がなく、アークの民は酒のまわりが非常に早い。 今では入手のしづらさも手伝い飲酒は限られた場所のみでしか出来ない。それが認められているのが『Narwhal』の店だ。海辺の家から『Narwhal』はかなり遠く、吹雪になると店まで辿りつくのは困難となる。それでも、皆何かと理由をつけては、『Narwhal』の店に集まってくるのだから、アルコール中毒者が増えることを恐れ、長が禁止にしようとしたのも頷ける。 しかしアークの民と外の者が顔を合わせる『Narwhal』は何かともめ事が起こる場所でもある。 ノアは去年ぼやくように、「崖の上の家だったら良かった。毎夜、『Narwhal』で飲むことが出来たのに」と言った。リラの用意したのが海辺近くの家だったからだ。海辺の家の良いところは、アークの海に陽が昇る美しい光景が見られるところだけど、リラが一緒にいないのではあまり意味がない。 おそらくリラはノアの言った言葉通りにノアが飲みたいからそう言ったんだと捉えているんだろうけれど、実際には別に飲みたかったからではない。周りの目を気にする事なく、リラと一緒に過ごすには、アークの民の多い海辺よりも崖の上の家の方が都合がいいからだ。
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