「序」

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 アップテンポで軽快なギターに気だるく掠れた声が合わさった曲を大音量にすれば、空っぽな脳味噌はあっという間に麻痺しはじめる。  日本語なのか外国語なのかさえ判別のつかない言い回しに気だるい快楽を覚え、それでも必死に言葉を拾おうと回転する知識の渦に己の身を任せれば、意識は麻薬を飲んだ後みたいに、辺りに漂いさ迷い始める。  妖艶な歌声に快楽中枢を刺激されれば、妄想と愚想が饗宴を孕み、愉悦が生まれる。    空っぽなな脳味噌が誤解した偶像を鼻で笑えば、己の自虐心が疼きだす。  その疼きに身体を掻き毟れば、後から後から全身の至る所から痒みが増殖し、不快な嫌悪感が吐き気を訴える。  どこを掻いたらこの痒みが収まるのか見当もつかないまま、ただ、ただ、掻き続ける。  皮膚が裂け、血が滲み、指先と爪に薄い皮が入り込む。  次第に爪が薄い皮に圧迫され、剥がれ落ちる。  視界に映るそれさえも、己にとっては快楽を誘発させる材料にしかならない。  肉が削げ落ち、黄色い肉と数本の管が邪魔をする。  邪魔者に阻害された憎悪が頭をもたげ、指先がそれを引きちぎる。  生ぬるい体液が滴り落ちる音が音楽を奏でる。  その音に耳を傾け、リズムを刻む。次第に解放された安堵で心が満たされ、更に安堵したい欲望に心を支配される。  そして無我夢中でその下にあるモノを掘り起こせば、優越感と達成感で満足した身体が感嘆めいた甘い吐息を吐き出す。  白く、仄かに黄色い、白磁のような透明感を光らせるそれを見詰めれば自然に笑が溢れた。  『これが、欲しかったんだよ』  艶かしい口許が、悦楽の声を発すれば、顔が歪みだし、低い歓声の慟哭が地面を震わせた。  獣めいたお叫びが、静寂な空虚を一瞬にして切り裂いた。
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