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「また連絡するから」
そう言って、いつも貴仁さんは私に背を向ける。
そう言って、彼は奥さんと子どもの待つ郊外のマンションへと帰っていくのだ。
さっきまで私に触れていた筈の手が、家に帰れば奥さんや子どもに触れる。
夫婦の夜を過ごすこともあるだろう。
そんなことを考えればやっぱり悲しくて、苛々して。
胸の奥が醜い音をたてて軋む。
でも所詮、私はただの浮気相手──ううん、不倫相手で。
それを理解している私はそんなこと到底口には出来なかった。
「……はぁ」
一人になると途端に漏れるため息。ぽつぽつと星の浮かぶ都会の夜空が街の明かりに霞んでいた。
輝きも感動もないそんな夜空を見ていると、ますます心が沈んでいきそうだった。
「……帰ろ」
街路樹の側、小さな白い呟きを空気に溶かし、私も一人駅へと歩き始めた。
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