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消し炭にしてしまえばいい。
思い出も。残証も。
無かったことにすればいい。
記憶も。温もりも。
火を放てばいい。
苦しみも。喜びも。
でも、どうしても、マッチを持つ手が震えてしまう。
擦り薬で着火して、火種を落としてしまえばいいだけなのに。
脳の片隅の理性の自殺志願者の私がそれを死に物狂いで止めに来るのです。
振り切ることはできるのだけど、その後この私が本当に死んでしまいそうな気がして。
無意識に、マッチを床に置いた。
◆◆◆
「で、何書いてるの?」
「……」
夕焼けに染まる石畳の上で、黒色のローブを着たメリッサが硬直していた。何に見えを張ったのか、そのローブは背丈に合わない大きなサイズで、肌が布に埋もれ黒ずくめになっている様は、遠くから見ると影が立体化したようにも見えた。
足元には書きかけの魔法陣。手には石灰岩を砕いて作った手製の白チョーク。その制作途中の段階で、地に視線を向けたまま、一向に動こうとしない。
そのメリッサを怪訝そうに見ている少年は、若さゆえの新鮮さや優しさの滲む、栗色のショートマッシュヘアーが特徴的だった。瞳は大き目で、メリッサの魔法陣にピントを合わせようと細めた目は、猫のようでもある。
上から見た二人の位置を直線で結び、その中心の垂直角の奥には、古ぼけた城が佇んでいた。壁のレンガは崩れ、カーテンのかかった窓はひび割れている。
沈みゆく太陽が、その不気味な影を増幅させていく。こちらが、城の本体である、と言わんばかりに。
「オチ」
「え?」咄嗟に少年が聞き返す。
「烈炎泡散哨(れつえんほうさんしょう)、バクハオチ。太古に使用を禁じられた大魔法よ。本当はこんなことに使うために覚えたわけじゃないのに」
「どうして今使ってるのさ」
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