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「どう、落ち着いた?」
「ここは、病院かしら」
「そう。君は貧血で倒れて、入院してるんだ。」
「そう、ですか。
お世話になりました。」
「初めまして。
私は、あなたの主治医の仙崎です」
「仙崎………せんせい?」
「特殊な症例なので、私が担当しますよ。遠慮せず、なんでも仰って下さいね。ストレスが要因となることもありますので」
彼女はしっかり頭を下げる。
笑顔で病室を出た。
白衣のポケットから、布の袋を出して取り出す。
手のひらの上には潰れたイヤリング。
何度目の『初めまして』だろうと、本当に初めて会った時のことを、僕だけは忘れない。
あの日、階段から落ちそうになった彼女の腕を掴んで、その時に何か落ちたのは気付いた。
それでも彼女が怪我をしなかった事に安心して。
その時にすぐ探していれば、無傷で見つけられたかもしれない。
なんて声を掛けたのか覚えていない。彼女の様子から怯えさせたかと思った。
今から友人と、他校の女子と会う。
どうせそんな自分らしくない事をするなら、さっきの彼女を誘って名前を聞くような、自分らしくない事も出来たかもしれない。
いや、無理だ。
もう行ってしまった。
馬鹿げた考えを消すように缶コーヒーを飲んで、星の出始めた空を見上げた。
もう一度、会えないかな。
あれから空に願いをかけるのは、癖になりつつある。
彼女の日々にひとつでも楽しい記憶が残りますように。
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