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無駄だ。
どうせ、自分は帰ったりはしないだろう。
千鶴も昼のドラマのように娘を捜したりはしないだろう。
視線の先にバスが現われた。
まだはっきりと乗客は見えないが、約束の時間に遅れるような男を千鶴は選んだりしない。
目の前にバスが停まる。
開いた扉から客が降りてきた。
地元の人らしき男女が一組と背の高い男が降りてきた。
男は海帆を見ると手を挙げた。
ゆるい天然パーマの男だ。
普段はスーツを着込んでいるのだろう。
ジーンズに黄色いTシャツが妙に浮いている。
海帆が見上げたままでいると、男は微笑んだ。
「小川海帆さんだね」
確かめるように海帆の顔を見た彼に、海帆はそのまま頷いた。
「千鶴さんの言う通り、きれいだね。目元がよく似てる」
「きれいだなんて誉める前に、名前を名乗ったら?」
海帆は彼の笑顔を攻撃するように言うと、防波堤に寄り掛かった身体を起こした。
「ああ、ごめんね。国崎誠二です。千鶴さんと付き合ってます」
「聞いてる」
海帆は誠二から目をそらして、道を戻り始めた。
一瞬、面食らった表情をした彼も慌ててその後ろに続く。
「千鶴さんも迎えに来るって聞いてたけど、どうしたのかな?」
「娘の迎えじゃ不満?」
わざとトゲがあるように海帆は言った。
しかし、誠二は声の調子を変えることもなく、さらりと答えた。
「いや、体調でも悪いのかな、と思ったからさ。旅館にいるならいいんだ」
「いつも、私が迎えに行くことになってるの」
「そうか。じゃあ、案内よろしく、海帆さん」
ちらりと誠二を横目で確認すると、どうしたのと海帆の顔をうかがった。
少し距離が離れている。
バス停で歩き始めた時と同じだ。
海帆は彼に答えずに旅館へ急ぐことにした。
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