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「ママ?」
旅館の部屋に辿り着くと、海帆と誠二は顔を見合わせた。
千鶴がいない。
荷物ごと、姿が無くなっていたのだ。
この男と二人で何か企んでいるのかもしれないと、海帆は誠二を見たが、すぐに彼は何も知らないのだと悟った。
どういうことだ。
こんなことは、これまでにはなかった。
まさか、旅行の途中でいなくなるなんて。
海帆は二つしかない押入を何度も開け、旅館中を探し回った。
そうして分かったのは、予約が二人分だけになっているということだった。
つまり、これは千鶴が仕組んだことなのだ。
「千鶴さんは、仕事かなあ」
誠二は、とぼけた声を出しながら、お茶をすすっている。
しかも、いつの間にか浴衣姿でくつろぎ始めていた。
「国崎さんは、ママが浮気してるとは思わないの?」
「そうだねえ」
立ち上がるのかと見ていると、うーんと伸びをしただけだった。
ぼんやりしている。
なんだ、この男は。
どうしてこんなに落ち着いていられるのだろう。
「とりあえず、今夜はここへ泊まるしかないよ。バスも電車もないしね。千鶴さんだって出てくるかもしれないし」
「はあ? 泊まる?」
誠二を見るが、何かあるならもうあっただろうことに気がつき、自意識過剰と叱咤した。
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