第1章

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 窓の向こうはすでに夕闇に落ちてしまい、  見えるのは暗い家の影と海と、乏しい外灯の頼りない光だけだ。  確かに、この中を出て行くのはばかばかしい。  この男と同じようにするのはしゃくだけれど、素直に温泉にでもつかっていた方がいい。 「海帆さんはさ、千鶴さんが浮気をしてるって思ってるの?」  急に聞かれて、海帆はベージュの旅行鞄を開けようとした手を止めた。 「国崎さんはどう思うの?」 「千鶴さんは、仕事もプライベートもよそ見をしない人だと僕は思ってるよ」  誠二を振り返った。  口調は変わらないのに、目では海帆を責めていた。 「そう」  海帆はそれ以上誠二に見られないようにわざと背を向けると、浴衣とタオルを持ってドアへ向かった。 「どこへ行くの」 「温泉! 入ってくる!」 「あ、お湯、熱いかも。気をつけて」  背後でガツンと金属の扉が閉まる音がした。  廊下に響く。  濃い赤の絨毯を張った広い廊下を一人で歩いていると、とても家から遠いところまで来てしまったような気がした。  まるで海外に運ばれてしまったみたいだ。  本当は千葉のはずれで、東京のマンションからだって三時間もあれば着くのに。  海帆は急に泣きたくなった。  強引にでも、部屋を飛び出して帰るべきだったのかもしれない。  あの男の言う通りだ。  千鶴はよそ見なんかしない。  だから、今までどんな男と付き合ってたって、自分は納得できたのだ。  千鶴のことは自分が一番よく分かっている。
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