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窓の向こうはすでに夕闇に落ちてしまい、
見えるのは暗い家の影と海と、乏しい外灯の頼りない光だけだ。
確かに、この中を出て行くのはばかばかしい。
この男と同じようにするのはしゃくだけれど、素直に温泉にでもつかっていた方がいい。
「海帆さんはさ、千鶴さんが浮気をしてるって思ってるの?」
急に聞かれて、海帆はベージュの旅行鞄を開けようとした手を止めた。
「国崎さんはどう思うの?」
「千鶴さんは、仕事もプライベートもよそ見をしない人だと僕は思ってるよ」
誠二を振り返った。
口調は変わらないのに、目では海帆を責めていた。
「そう」
海帆はそれ以上誠二に見られないようにわざと背を向けると、浴衣とタオルを持ってドアへ向かった。
「どこへ行くの」
「温泉! 入ってくる!」
「あ、お湯、熱いかも。気をつけて」
背後でガツンと金属の扉が閉まる音がした。
廊下に響く。
濃い赤の絨毯を張った広い廊下を一人で歩いていると、とても家から遠いところまで来てしまったような気がした。
まるで海外に運ばれてしまったみたいだ。
本当は千葉のはずれで、東京のマンションからだって三時間もあれば着くのに。
海帆は急に泣きたくなった。
強引にでも、部屋を飛び出して帰るべきだったのかもしれない。
あの男の言う通りだ。
千鶴はよそ見なんかしない。
だから、今までどんな男と付き合ってたって、自分は納得できたのだ。
千鶴のことは自分が一番よく分かっている。
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