第1章

6/8
前へ
/8ページ
次へ
 海帆は人気のなくなった風呂の入り口を潜り抜けると、適当な棚を見つけて浴衣を置いた。  鏡に映った自分の姿を見る。  千鶴の男と初めて会うときにわざと着る白いワンピースだ。  ほとんど脱ぎ捨てるように棚に放り込む。  国崎誠二は、色白で切れ長の目にすっと伸びた鼻。  髪は天然パーマで、少しウェーブしている。  客観的に見て、これまで女性に不自由したことなんてないだろう。  千鶴はいつもそういう男ばかり選んでくる。  顔だけじゃない。  性格、健康、家柄、財産、全てにおいてパーフェクトな男ばかりだった。  問題があるのは千鶴の方だ。  彼女が最終的にはNOと言ったのだ。  海帆にはそれが信じられなかった。  世の中、相手の娘を邪魔物扱いするどころか、  いやらしい目で見たり、あろうことかギャンブル漬けやアル中もいる。  もしそんな男だったら、もちろん海帆は断固反対するのだが、    その反対する余地もない男を千鶴はあっさり振ってしまう。  どうして別れる必要があったのだろう。  海帆は湯船に身体を沈める。  千鶴の気持ちが分からない。  ただ、今回も見届けるだけだろう。  国崎誠二という男が、どう千鶴の元を去っていくのかを。  誠二のまっすぐな目線を思い出す。 もしかしたら、千鶴は誠二を、あるいは海帆を試してるのかもしれない。  もしそうだとしたら、何を試しているというのか。  何のために?  分からない……  でも、少しだけなら千鶴に付き合うのもいいかもしれない。  ただし、この男で千鶴の恋人に会うのは終わりにしよう。  海帆はずぶずぶと唇まで湯船に浸かった。  だからこそ、見届けるのだ。  誠二が千鶴にどう振られるのか。  千鶴がなぜ国崎誠二という男を振る事になるのか。  自分には知る権利があるはずだ。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加