第1話

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1  人のことは言えないと思う。  自分だってかなり変わってるんじゃないかという自覚があるから。       それでも長瀬という男に初めて会ったとき、 (この人、変わってるなあ)  そう思わずにはいられなかった。     年は三十の一歩手前ぐらいだろうか。たぶん本当の年よりも老けて見えるタイプだ。  頬から顎にかけて無精ヒゲが薄くはびこった顔は、本当はヒゲなんか似合わないのに、無理に生やしているようにしか見えない。  そう思わせるのは、どこか人なつこそうに細められている二重の目のせいだろう。  少し色褪せた黒っぽい紺の綿ジャケットには、お酒の銘柄らしい大きな文字が白く染め抜かれている。  やっぱり色の抜けたような黒いジーンズは、よほど履き古されているのか、ところどころ横に裂けて、チラチラと脚の素肌が見え隠れしていた。  そんな奇抜な服を細い長身にいい加減にまとって、おまけにあっちこっち撥ね放題な髪の上に、わざと潰したような変な形の帽子を乗せ、首からは小さいけどちゃんと丸いズームレンズのついた黒いカメラをぶら下げていた。  ここがもし東京などの都会なら、こんな格好の男が向こうから歩いてきたって、それほど驚いたりはしないだろう。  だけど今いるのは、山に囲まれた田舎の農村で、変わった格好をしている住人なんて、これまでに一人も見たことがない。  誰もが顔見知りという田舎の村では、ちょっとでも変わったものを着ていたりすると、たちまち近所どころか村じゅうの噂になるから。   いや、この辺にもたまには、都会の方から観光目的の客が来ることもある。  もしそういう人たちだったら、奇抜な服を着ていたって別に変には思わない。  でも、この男は、どうやっても観光客には見えなかった。  なぜって、この辺ではごく日常的な足である白い軽トラック、それも泥やほこりで薄汚れたやつを自分で運転してここへ来たから。
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