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けれども、立ち止まった理由は単にそのお店の外見が特徴的だったからとか、そういうわけではない。
この道は、通勤でいつも私が通っている道だ。朝だって同じよう通っている。
にも関わらず、私は今までこのお店の存在を全く気づかなかったのだ。
思い出そうにも、確かにここには何かあったような気もするし、もしかしたら空き地だったかもしれないと、その記憶は妙に曖昧だった。
そうした違和感を胸に抱きつつも、結局、私は恐る恐るのれんをくぐることにしたのだ。
店に入った途端、突然鼻を突いてきた甘い香り。私はついついホッと胸を撫で下ろした。
店の中はこじんまりとしていて、どこか田舎染みていた。天井を見上げれば、むき出しの木造建築がそれとなく古風な感じを醸し出している。
こんな街中に、まさかこれほど時代を感じられる店があっただなんて、私は信じられなかった。
人気の無いところを見るに、もしかしたら私は穴場を見つけてしまったのかもしれない。
そうした高揚感に浮かれながら、私は店の人が出てくるのを、入ってすぐのところで二、三分ほど待っていた。
しかし、店の人は一向に出てくる気配がない。
不安になった私は、奥の厨房の入り口まで歩み寄り「すいませーん」と声をかけた。
だが、返事は返ってこない。ブンブンと換気扇の音だけが鳴り響く、不気味な厨房。
私はごくりと喉を鳴らした。
確かに誰かがいるような感じはするのだけれど、この店には誰も人がいないのだ。
「すいませーん」
もう一度声をかけてみたけれど、やっぱり人は出てこない。
そこで妙な胸騒ぎを感じた私は、急いで店を出ることにした。
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