化けうどん終了につき、500円

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 なにはともあれ、と少年はおもちゃを机の上に置いた。「それでもあなたは元いた世界に戻りたいって言うんだね?」 「そりゃあもちろん……」戻りたいよと言いかけて、私は不意に口を閉ざした。  戻ったからといって、一体向こうの世界で誰が私を待ってくれているのだろう。私はそこに思い悩んだ。  今から十三年前、私が今の会社へ入社する頃に私の父は亡くなった。それは私が二十三の時の話だ。  それからというものの、私は当時付き合っていた恋人とも別れ、今後のことも踏まえて母と二人きりで暮らすことを決めたのだ。  でも、その母も今年の夏の終わり、急な心臓発作が原因で他界してしまった。  その時になって初めて現実を突きつけられたような気がした。そして私は、今まで自分のしてきたことは本当に正しかったのかと、迷いを抱き始めていた。 「迷っているなら、もっとたくさん悩めばいい。この世界はあなたの元いた世界よりもずっと時間の流れが遅いから、それだけ悩む時間はたっぷりある」  私の心を見透かしているかのように、少年はそう言った。全てを諦めたようなその瞳で。  あれから私は一週間ほどお化け達の世界で過ごした。  寝食の面倒はあの少年が見てくれることとなった。その代わり、私は例のうどん屋『狐狸夢中』でアルバイトとして働かされることとなった。  でも、不思議と悪い気はしなかった。  ここを訪れるお化け達は、見た目こそなかなか慣れないものの、無邪気で、純粋で、それでいてただイタズラ好きなだけの、子供のような存在ばかりだったからだ。分かり合えればみんな親切で、心温かい者ばかりだ。  これもきっと、見捨てられる者の痛みを知っているからなのだろう。
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