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「どう? こっちの世界にはもう慣れたかな?」
店が昼休みに入り暫くした後、あの少年は店にやってきた。
ところで、この店は彼を中心にお化け達の手で営まれているらしい。時折こうして訪れるのは監視の為だと、先日、少年は語っていた。
それにしても、彼はやっぱり左手に変なおもちゃを持っている。
「そうですね、だいぶ」
「そっか、それは良かったよ」怪しい笑みを口許に浮かべて、彼はフフンと鼻を鳴らした。「ところで、今一度聞くけれど、あなたは向こうの世界に帰りたい?」
その問いかけに、私は頷くことも否定することもなく、絶望の色の灯された彼の紅い瞳をジッと見つめた。
その瞳は、なんだか私に「帰らないで」と言っているかのようで、私は答えを言い出せなかったのだ。
実際、心の奥では帰りたいと思っていても、彼の悲しそうな瞳を前にすると、どうにも言葉に詰まってしまう。
しかし、そんな私にとうとう勘付いたのかのか、少年は小さな声でこう漏らした。
「どうしても帰りたくなったら、五円を百集めるといい。そうすればきっと、あなたの元いた世界に通じる道が開くはずだよ」
そこで身を翻した赤髪の少年。だが、彼はふとその場で立ち止まると、振り向くことなくそれに続けた。
「そう、それとあと一つ。今日はこの店の名物化けうどんがきれちゃったからね、午後は休んでいいよ」
言い残すと、少年はゆっくりと店の出入り口に歩み寄り、少しだけ立ち止まってから引き戸を開けた。
それから最後に一度だけ私の方を振り返り、意味ありげに瞼を閉じた。
そして少年は店を後にした。
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