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その日の午後、彼の話を信じた私は、五円玉を百枚集めようと試みた。
けれども、如何せんこの世界には私たちの知る通貨なんてものは一切存在せず、五円玉を百枚集めるなんてことは不可能に近いことだった。
生憎、こちらの世界に持ち込んだ財布の中にも、五円玉は二枚だけしか入っていなかった。
そういうことで、私は仕方なく村の近くに広がる荒れた草原を隈なく探すことにしたのだ。
でも、見つかるわけがなかった。だってこの世界に円なんてもともと存在しないんだから。
もう元いた世界には戻れないのかな。溜め息混じりに、私は心の中でそう呟いた。
そんな折、五円玉を探す為にとしゃがみ込んでいた私の肩を、誰かが叩いてきた。
私が驚いて振り向くと、そこにはいつぞやかののっぺらぼうの男性が立っていた。
彼は両手両腕を精一杯に用いて、ジェスチャーで私に何かを伝えようとしていた。
多分、彼は「私にできることは何かありませんか」と、そう言いたいのだと思う。
そうして私は立ち上がると、あらかじめポケットに用意していた五円玉を取り出し、彼に手渡した。
「私は今、これと同じものを探しているんです。もし何処かで見かけたら教えてくれないでしょうか」
彼は入念に五円玉の形を指先で探り、それから私に返すと、右手でオッケーのサインを作って見せた。
私はそんなのっぺらぼうの彼に思わず笑ってしまった。どこでそんなジェスチャーを覚えたんだよと。
そしたら彼は照れたように笑った、そんな気がした。
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