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ありがとう。
愛してくれて。
こんなにも不自然な私……
ーー深夜の病棟。
緑色の非常灯の光だけが、暗闇をわずかばかり彩っている。
地方の小さな市民病院だが、病室はどこも一杯だ。
何れも身体の何処かにもう手の施しようの無い悪性の腫瘍を抱えた患者ばかり。
すい臓、心臓、大腸、肺。
問題になった器官はそれぞれ違えど、彼等に共通しているのは、全員が死を待つばかりということ。
寝ているのか、はたまた昏睡状態になっているのか。
一見ではもはや判断できない程に衰弱しきった患者達がうわ言のような寝息を立てる四人部屋の病室。
一番陽当たりの悪い通路側のベッドに、肺を患う(正確には、一番初めに患ったのが肺というだけだが)痩せ細った老人が横たわっていた。
全身に転移したガンに蝕まれ、しかしもうその激痛を訴える気力も失せた老人は、その今際の際に至っても“一人”だった。
毎日年老いた妻が看病にやってくる隣のベッドの農家の男。
向かいのベッドの老人の所には、前の日曜日には三組の息子夫婦達が面会に来ていた。
彼らと比べると余りに孤独な彼の机の上には湯飲みが一つだけ置かれているのみで、誰かが訪れて世話を焼いた形跡は皆無だ。
ーーご家族とかいないのかしら? 誰か面会に来てるの見たことないわ。
ーーあれ? お孫さんが来てませんでした?
ーーそうなの? ずっと独身だったって聞いたわよ。親戚は一応いるみたいだけど、殆ど絶縁状態みたい。
ーーけっこう有名な彫刻家だったって聞いたけど、何だか最後は寂しいものね。
老人に意識があるのにも気づかずベッドのすぐ脇で堂々と話題にしている看護婦達も、今は一階のナースステーションに幾人か控えている当番のみである。
老人の命が今夜にも尽きようとしている事に現時点で気づく者はまだいなかった。
ナースステーションが慌ただしくなるのは、今から10分程後の事になる。
当直医が仮眠室で大イビキをかいている、10月30日11:40の夜だった。
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