10人が本棚に入れています
本棚に追加
◆
『確かに若い女を頼むとは言った。言いましたよ、ええ。でも……』
家具など殆ど何もない、がらんとしたフローリングの部屋。
無駄を省いたといえば聞こえは良いが、ここには必要最低限の物も無い。
引っ越してきたままの姿の安アパートの室内を、若い男が携帯電話片手に行ったり来たり。
ボサボサの頭をばりばり掻きながら、男は叫ぶ。
ベッドに腰かける少女を指差して。
『こんな子供(ガキ)を寄越せとは言ってませんよ!?』
シーツも半年は替えていないヨレヨレの男臭いベッドに平然と腰掛け、少女はなけなしのバイト代を今しがた騙し取られた哀れな芸術家の卵を見詰めている。
『え? 何歳とは言わなかった? 何を言ってるんですかね……いいですか? 僕はね、今から“ヌード”を撮りたかったんです!』
ぷっ、と吹き出したのは問題の少女だ。
ぎろと睨み付け、男は続ける。
ハロウィンをモチーフにした展示会。
美大を出たてで金も知名度も無い彫刻家の卵としては数少ないチャンスだった。
最高のイメージまでは出来上がっていた。
あとは定評のあるフルヌードの彫刻で、エロスとホラーの完璧な調和を目指して情熱のまま作り上げるだけだった。
確かに、確かにそのはずだった。
食べたいものも食べずに必死で貯めたバイト代をはたいて呼んだモデルが、どう見ても小学生のこまっしゃくれた少女(クソガキ)でなければ、芸術家としての将来は約束されたようなものだった。
ところがそれがどう間違ったのか、このままでは芸術家どころか犯罪者だ。
悪くすると、金を騙し取られるだけでなく、警察につき出すとでも言われて強請られるかもしれない。
……ラブホテル街の電信柱に張ってあった格安の斡旋業者に電話をかけた自分にも、相応の責任はあるのだろうが。
『別のモデルさんを用意してもらえないんですか? え? 別料金? ふざけんな!!』
本当にタチの悪い業者だ。
受話器の向こうのチンピラも、何か食べながらこの電話に応対しているらしい。
まずそのクチャクチャするのをやめろ。と怒鳴ってやりたい衝動に駆られながらも、あくまで紳士的に対応する。
だが、チンピラは悪びれもしないで繰り返すのだった。
ーーいやぁ、彼女はスゴいんですよ。と。
最初のコメントを投稿しよう!