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一度シャッターを切ってしまったら、もう止まらなくなってしまった。
まるで魔法にかかったみたいだった。
カメラの使い方は完全に素人だが、プロのカメラマンに成りきって何度も何度もシャッターを切った。
ーー……いやぁ、彼女はスゴいんですよ。
苦情の応対に出た男の言葉が脳裏を過る。
次々にポーズを変えて見せる少女を様々な角度から撮影するうちに、いつしか時間も忘れて夢中になってしまった。
昼過ぎに写真を撮り始めて、気づけば15:30過ぎ。
さすがに疲れたと少女に言われなければ、日が暮れていたかもしれない。
『キミ、スゴいね……』
『そう、良かった。……どう? モデルになりそう?』
『え?』
『展示会に出すんでしょ? 彫刻だっけ? やっぱりおっぱい大きなお姉さんがモデルが良かった?』
『……いや、キミで良かった。俄然、創作意欲が湧いてきた。いい作品が出来そうだよ』
そう、と少女は言って、ジャケットを羽織った。
帰り支度を始めた少女を見つめて、何の含みもなく『もう帰るの?』と訊ねてしまって、ギクリとする。
もう暫くしたら日が暮れる。夜になる。
こんな小さな……小学生だか中学生みたいな子供を暗くなるまでつれ回して、俺はどうするつもりなんだ……?
まったくどうかしてる……
『いや……ウン、なんでもない。今日はありがとう』
『こちらこそ。写真撮ってくれてありがと。楽しかったよ』
ひらひらと小さな白い手を振って、少女は玄関のドアを開ける。
そのまま、本当にそのまま何事も無かったように行ってしまうような気がして、慌てて呼び止める。
『つ、次!』
『?』
『次、いつ会えるかな……って。ほ、ほら、モデル! モデルまたやって欲しいんだ! さっきのキミ、スゴく可愛くて、それで……!』
何を訊いてるんだ俺は……!?
これじゃあ本当に変態だ。
お巡りさん、わたしです。
顔を真っ赤にして、息を切らせて狼狽えて、一息に言い切った時、少しだけ少女の顔が曇ったような気がした。
『たぶん会えないよ』とだけ呟いて、彼女は行ってしまった。
高そうなブーツが並んで置いてあった玄関には嘘のような静寂が漂い、男は続いてどっと襲ってきた疲労感にベッドにへたり込む。
残ったのは疲労感と、感情と相反する創作意欲だけだった。
あの子を形にしたい。
それだけだった。
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