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《お集まりの皆々様。大変長らくお待たせいたしました。拍手にてお迎え下さい! 本年度も“蜘蛛川芸術賞”最優秀作品賞を受賞されましたこのお方!》
調子の良い司会者の口上に誘われて、会場中から万雷の拍手が巻き起こった。
煌めくスポットライトを浴びて、最高級のスーツで身を包んだ男が登壇する。
《この度、三年連続十回目の受賞となりました。すっかりこの場もお馴染みとなりましたが、今のお気持ちを一言》
『ありがとうございます。皆様の御支援の賜物です』
仏頂面とまではいかないまでも、男は明らかにローテンションで応対するが、その態度を咎める物は一人もいなかった。
それだけの地位、名声、実力を、彼は三十代半ばで持っていたからだ。
会場中の羨望の眼差しを受けながら、男は短く言葉を切った。
《今回の“カボチャと猫”。妖艶で蠱惑的な美女の彫刻の繊細な彫り込みは海外でも高い評価を獲得しています》
『そのようですね。まったく光栄なことです』
《国内外の一流モデル達から逆オファーが後を絶たないとか》
男がふとステージの最前列に目をやると、きらびやかなドレスをまとった女と視線が合う。
女はにっこりと微笑んでウインクして見せた。
この間、アトリエに直談判に来たモデルだろう。
最近テレビに雑誌に引っ張りだこの売れっ子らしく、事務所からの押しも強かった。
きっぱり断ったはずだったが、諦めがつかないらしい。
《ただその全てを断っていますよね。あの某オスカー女優のオファーも蹴ったというのは本当ですか?》
『皆様のご想像にお任せいたします』
おお、と会場がざわつく。
さすがにオスカー女優からオファーが来たというのはどこぞのゴシップ記事に端を発する噂話だが、否定するのも面倒だった。
《では、もしかして専属のモデルが?》
『まぁ、そんなところです』
《ほう! その幸運な女性のお名前をお聞かせいただくわけにはいきませんか?》
『……』
《…………あっ……!》
そこで初めて、司会者は自らの失言に気付いたようだった。
モデルに関する質問はしてはいけない。
この偏屈な芸術家にとってそれは最も訊かれたくない事柄であることを、この司会者はすっかり失念していたようだった。
しかし、青くなって絶句してもさすがは司会者、すぐに持ち直す。
《な、謎めいたところがまた、イイんでしょうねぇ……》
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