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咄嗟におどけて見せたのが奏功したのか、場に一瞬だけ張り詰めた緊張の糸が弛む。
ほっとした顔を隠しもせず、司会者は続けた。
《先生の作品の特長と言えば、なんと言っても女性の彫刻ですよね。そして作り込まれた衣装、でしょうか。この“カボチャと猫”の中央に立つ女性像も、魔女を思わせる衣装が絶妙のプロポーションと合わさって妖しい艶かしさを醸し出しています。過去の作品を見ても女性の裸体を題材とした事は無いようですね?》
『…………はい。それは私のポリシーなんです』
《ほうほう!》
『……あ、いえ……衣装を彫るのが楽しいんですよ。厚い服から覗く素肌の、チラリズムですかね』
《おやー? これは先生の以外な性癖が明らかに?》
場内から小さな笑いが起こる。
偏屈で有名なゲストが珍しくボケたと思ったのだろう。
上機嫌な司会者に貼り付けた笑顔を向けて、男は会場中央でスポットライトを浴びる自身の作品を一瞥した。
性癖とはよく言ったものだ。
司会者の言葉は多分に本質を外しているものの、あの作品が、否、今までの作品が、全て自分の歪んだ性癖をぶつける一念にて創作されたものであることは正しかった。
過去に出展した十数点の作品。
いったいこの会場にいるファンや支援者達のうち、何人が気づくだろうか。
これら全ての作品に登場する彫刻のモデルが、たった一人の女であるということに。
最初の作品以外全て、全てが妄想。
十五年前のあの日、心の底から魅了されたあの少女の、成長した姿を妄想して作り上げた虚像だということに。
一つずつ歳をとっていく。
あの子はどんな成長を遂げているのだろうか。
ふくらみと表現するのがやっとの胸も、白魚のような指先も、程よく肉付いた大腿もーー
全てに魅了された。
想像の中のあの子だけが、自分の芸術という分野における創作意欲の全てだった。
《聞くところによると、先生の作品には必ずテーマとは別に、あるメッセージが込められているとか》
『ええ。よく御存知ですね』
《それをこっそり、ここにお集まりの皆様にだけ教えていただくわけにはいきませんか?》
期待と、機嫌を損ねるかもしれないという恐れが混じった目を向けてくる司会者。
ええ、いいですよ。と返した瞬間の嬉しそうな顔に負けて、男は口にしていた。
そのテーマを、願いを。
『“会いたい”』
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