10人が本棚に入れています
本棚に追加
◆
普段の半分以下の数まで照明が落とされた大理石の床に、コツ、コツ、と一人分の足音だけが響いている。
昼間は人で溢れかえっていた美術館自慢の大展示室には、嘘のような静寂が漂っていた。
自分の名前が頭につけられた美術展は、大盛況だ。
ひと月の来場者数がいくらになると、スポンサーが上機嫌だったのを思い出す。
何が嬉しいものか。と、ひとり鼻で笑う。
警備員にこづかいを握らせてやらなくては自分の作品を見ることすら叶わない。
こうしてコソドロの真似事をしなくては、“彼女”に会いに来ることさえ叶わない。
警報の切られた大展示室、過去15年の作品達が並べられている。
その中のひとつにそっと手を触れてみる。
これは確か、10年ほど前の作品だったか。
少しだけ大人びて、身体にも女性らしい特徴が現れてくる年頃をイメージした。
まだ硬さの残る胸、健康的で張りのある脚、快活な笑顔……
その隣にあるのは9年前の作品。
衣服の上からでもはっきりとわかるようになった胸のふくらみは、よく表現できている。
その隣にあるのは……
『…………はぁ……』
気色が悪い自覚はあった。
最初の作品、初めて世に出した作品以外、全て自分の妄想の中の少女がモデルなどと、いったいどうして口に出来ようか。
15年前の、あの子がモデルなのだと。
ーー次、いつ会えるかな……って
ーーたぶん会えないよ。
その言葉の意味に気付くのは、最初の作品を作り上げてすぐの事だった。
他の誰でもないあの子に最初に見てもらいたくて、彼女を紹介した業者に電話をかけたが、もう繋がらなかった。
急いで広告を見つけたラブホテル街まで走ったが、あの電柱には、代わりに怪しいサラ金の広告が貼ってあるだけだった。
色々な業者に電話をかけてみたが、同じ子は見当たらない。
それどころか問い合わせるような年少者のヌードモデルなどあり得ないとし、そんな子供のモデルを探して何がしたいんですか? と、逆に問い詰められてしまう始末。
あの時応対に出た女性オペレーターの、『何がしたいんですか?』という怪訝な声は、15年経った今でも耳から離れないでいる。
何がしたいのだろう。
答えはまだ出ない。
出すのが怖い。
ただ、確信ではないが、彼女に会えたらやりたいことがある。
今の彼女を、作品として残したい。
こんな妄想の中の少女ではない。
今の腕前で、完璧な彼女を仕上げたい。
最初のコメントを投稿しよう!