その咲きの向こうへ

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 突然、その初老の男性の左隣に居た若いサラリーマン風の男性が、その初老の男性の右に居た女性に体当たりするかのように転んだ。  男性はその女性に何度も謝罪をして元の場所に戻った。  何も感じないのだろうか?おかしいと思わないのだろうか?間違いなく周りも見ていたはずだ。  少なくとも倒れたサラリーマンは感触でその存在を認識していたはずだ。  僕はこの事態を怪訝に思い、軽く辺りを見回すと皆一様にスマホを弄ってる。  今起った不可解な現象をtwitterやLINEに投稿しているのだろうか?ネット社会の到来と共に誰しもが最初の発信源になれる優越感、情報化社会ならではの迅速な情報の掲示による賛美。  それらが今目の前で起こっている人間が忽然と消えたと言う事象よりも重要視される世の中が今僕の居る世界だ。  事故現場を誰より速くネットに公表して記者気取りかい?ああ、くだらない。  そんな事より、兎に角、その悪臭を放つ初老の男性は突如消えた。  まずそれだけは目の前で起こった事実である。  身に付けている物も、持っていた鞄も全部、僕の目の前で、僕の呪詛と共にいきなり消えた。  誰も何も言葉を発せず、ただ黙々と自分の世界に没頭してその現象を受け流していたんだ。  勿論、僕もその一人だし、僕の呪詛と共に消えたのならば、原因は僕に有るのかもしれない。  けれど、そんな事は解りはしない事。  今は満員電車のつり革に捕まり、マスクをしてイヤホンを耳に刺しながら、ただ、この揺れに耐えればいいだけだ。
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