風前の灯火

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 自宅のマンションに一時帰宅。  しばらく留守にした部屋は、荒れ放題。  シャワーを浴びたあと、洗った洗濯物を部屋干しする。  あとは、ベッドで三十分、ガチで仮眠。  スマホのタイマーで、きっかり三十分で起きる。  たかが三十分が、ある意味貴重。  母の着替えなどを用意し、外に出る。  病院へは車で五分。  母は七十七歳。平均寿命より下だ。  父が亡くなって、鬱状態が続き、生きがいがなくなったのが、老化の原因ともいえる。嫁もいない、孫もいない……息子は仕事でほとんど帰らない。  介護施設に行くまで、あの自宅マンションで、暮らしていた。ほとんど、だれもいないあの場所で、寂しく暮らしていたんだと思う。  張り合いのない毎日。これといった趣味や、交遊関係のない母は、ただ年老いていくだけ。  それを仕事で多忙なことを言い訳に、見て見ぬふりの自分に嫌悪感を覚える。  母の病室に着いた。  ベッドの上の母の顔……痩せ衰え、意識は薄弱し、目は虚ろで弱々しい。  完全看護の総合病院。自分は、ほとんど何もしてやれない。ただ、着替えを持って、顔を見せにくるだけ。 「泰文……」  いつも母は、自分に会うと、それだけ口にする。  何か言いたいらしいが、名前を呼ぶ以外のことは何も言わない。  むしろ、母と何かを語り合いとも思わない。  ある意味、ただの自己満足……顔を見せて、親孝行している気になっているだけなのかもしれない。
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