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俺は、あと二時間ほどでカラオケのバイトに行かなきゃならない。
だが、そうなるとこの部屋にはコイツが残ることにならないか?
だいたいにして、話の整理も出来ていない今、出掛けるなんて恐ろしくて出来ない。
だから、更に焦りが胸の内に広がるわけで。
「化け猫」
どうにか、出ていって欲しい。
そう思いながら、奴を呼んだ。
「ボクさ~、化け猫じゃなくて、名前がワンコって言うんだよね~」
呼んで直ぐに、ツッコミ待ちかと思えるようなことを言いやがる化け猫。
名前が、ワンコ。
猫なのに、ワンコ……。
「冗談はお前の存在だけにしてくれ」
滅入りそうな心境で、笑いが込み上げるはずもなく、ツッコミも放棄してやった。
「あっはは~っ。存在も名前も冗談なんかじゃあ、ないよ?」
「…………」
グレーの長い髪を細い指先で耳にかけながら、奴は軽やかに笑う。
大人っぽい見た目とは裏腹に、発言も声も子どもっぽい。
とはいえ、妙な落ち着きと余裕は、百五十年以上生きてる経験からくるのだろう。
……たぶん。
「ワンコ。お前はどうしても、ここから出て行かない気か?」
「鮫島くん、勘違いしてるけど……この部屋は、ボクの部屋だから。
出ていくなら君の方だよ?」
「家賃も払ってねぇ化け猫が、偉そうに行ってんな。
不法侵入までしやがって……」
縄張りと言いたげな猫ことワンコは、やっぱり出ていく気がない。
あげく、欠伸までし始めた。
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