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「でもね、ちゃんと受け入れてくれた。娘さんも、息子さんも出て行ったからって、ご飯も用意してくれて。息子のように迎えてくれて。楽しかったなぁ」
「…………」
「まあ、お婆ちゃんが亡くなって……色々とあったんだよ。
当時、新築で貸しに出す予定だったこの建物はね、最上階をボクのために作ったものだったの」
「…………」
「ボクが長生きだから、ずっと使って良いって。
けど、お婆ちゃんが亡くなって、住んでた一軒家を壊すなんて息子夫婦が言い出してさ。
建て替えて、賃貸物件にしたいなんて言って……。
それで、お爺ちゃんとボクだけでこの部屋に来た」
「…………」
「ほんの、二ヶ月前に、お爺ちゃんも亡くなっちゃったけど」
「…………」
「最期まで、ボクにこの部屋を使って良いって言ってくれてたから」
見ちゃだめだ、と思った。
ワンコが、俺を見ていると知っていたから。
きっと、すがるような、縄張りの理由に納得してほしそうな瞳をしてんだろう、と感じとっていて。
他人事の話に、いちいち同情出来ない俺の目は、冷酷だからこそ向けちゃならないと自覚していた。
出ていかせようとする、俺の行動で唯一優しくできるのは、見ないことくらいだろう。
「……だから、お前の部屋かよ」
「うん。この部屋は、ボクのだ」
「……今は、俺の部屋だ」
ピシャリと言ってやった。
たとえ、ワンコの為の部屋だと主張しても、貸しに出されていて、契約を果たした時点でこの部屋は俺の借りてる部屋だ。
爺さんたちの気持ちには申し訳ないが、それが賃貸契約ってもんなんだ。
「ちがう。ボクの部屋だ」
「…………だったら、そう大家に言ってこい。
俺は契約が成立していて、住む許可を得てる人間だ。
ごちゃごちゃ言うなら、大家に文句を言えば良いだろ」
主張を曲げないワンコに、冷たい言葉が飛んだ。
そして、俺はソファから腰を上げて風呂に入ろうと踏み出そうとした……
が。
ドッという派手な音。
視界が急速に動いたと思えば……、
バゴッという鈍い音が体に響く。
「いっっ!!?」
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