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君が笑うのは、もっともだよって言ってやったんだ。
でも一つだけ困った事があるんだ。僕は彼女を「君」って
呼びたくなかったんだ。何故か?だって?呼びたくないとか
「何故」の理由にならないかなぁ。
じゃあ照れくさいけれど、僕はね誰にでも使えてしまう。
何なら目の前の席の子や、一番前のくじ引きを
取替えっこした眼鏡が合わない、あの子を君って呼べるよ。
同じようにね。誰が誰を呼んでも君は君だけど。
でもそれが僕はもったいぶった。それだけの事なのさ。
彼女の愛嬌一杯の笑顔と頬杖の白い手、赤い着物を見たらね
誰だって「君」なんて呼ばないね。フェアじゃないからだよ。
だから名前を訊いたんだ。普通のことだよ。
『わたしは、おみさ。』
彼女は屈託なく、そう応えた。もちろん、ちゃんと小声で。
何せボンヤリした一時間目だから。僕はもうすっかり窓枠が
彼女の世界だと思い込んじゃったわけ。僕の人生でこんな事
3回しかなかったよ。その1回目だったわけだ。
これが初恋なのかどうかは知らないけれど。
「ミサちゃん?苗字は無いの?僕は津原徳一っていうんだ。
ツバラにトクがナンバー1って書くんだよ。ミサちゃんは?」
『みさは……おみさだよ。他にはなーんにもないよ。』
ミサちゃんは少し寂しそうだった。急に慌てて僕は咄嗟に
とってつけたような。実際にとってつけたのだけどね。
「じゃあ、窓辺(マドベ)ミサってどうかな?嫌だったら
違うのでもいいんだけど。」
もちろんこんな会話は、教科書に隠れて、ミサちゃんは
カーテンに隠れて【小声】で話したわけだから。
そうしたら、ミサちゃんは、急に声が沈んで言ったんだ。
『そんな立派な名前だと着物に合わないよ。』
僕がそんな事は、ありえない。絶対無いし、一切無いって
そう言ったけど、ミサちゃんは赤い着物を酷く恥かしくして
何色が、好きって訊いて来た。
僕はミサちゃんが、桜より明るい赤は似合うと思うのに
そう言うのは彼女を苛めている。そんな気がしたから、
桜が散ったら、緑の芽が似合うと思うよって言ったんだ。
『フハハハハ!』
彼女は、窓辺さんは。そう笑って、風でカーテンが教室に
舞い込んだとき、その影で僕の頬にキスしたんだ。
そのまま、どこかへ消えてしまった。僕は真っ赤になって。
晩ご飯もボンヤリして食べたんだ。宿題をするときにやっと
その日の事を思い出した。つまり。
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