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そして、四月一日さんを睨み付けようとした尾崎さんだったが、四月一日さんはもうスタスタと歩き出していて、ユキちゃんも何故か難しい顔をしながらわたしの手を掴み、二人に軽く頭を下げて、無言で四月一日さんの後を追った。
既に少し離れた所にいた四月一日さんに追いつくまでに、どんどんユキちゃんの握力が強くなる。
さり気なく痛い。
ユキちゃんの様子に戸惑いながら何度か尾崎さんと蒼真さんの方を振り返ると、二人とも険しい表情をしていた。
空気が、異様に重い。
「……四月一日さん」
「な、なんですか?」
ユキちゃんが声を低くして四月一日さんに声を掛けたけど、元が女の子みたいな――その中でもソプラノに近い――高い声だからあんまり怖くない。
だけど、おどおどモードの四月一日さんは怖がってるように見えなくもなくて、ちょっとおかしかった。
にしても、どうしたんだろう。
こんなに真剣なユキちゃんなんて、珍し……くもなかったっけ。
「さっきの、方言?」
「……はぁ? ユキちゃん、何言ってるの? 方言って、まさかあの方言の事?」
「それ以外に、何が有るの?」
呆れた。
ユキちゃんが真剣な表情で言う事は、大体がおかしな事みたいだ。
方言だなんて、ありえない。
四月一日さんも、呆れてる事だろう。
数秒後、四月一日さんはケラケラと上げて笑う。
それが普通の反応だ。
「宝木さんってば、おかしな事を言うんですね。百年以上前に抹消された言語を、どうしてワタシが扱う事が出来るんです?」
四月一日さんの言う通りだ。
歴史の授業でもチラッとしか習わないような事だけど、約百年前、方言という言語が禁止された。
日本を一つの国家とするのに、言語は一つで充分だと政府が判断したかららしい。
今となっては、その方言というのがどんな言語だったのかさえわからない。
それでも、ユキちゃんは眉間に皺を寄せたまま。
他の教室の生徒たちに聞こえないようにか、とても小さな声で話している。
「方言は日本語によく似ているらしい。それに、全国各地で未だに方言を守ろうとしてる組織がいるって大人達が話してるのを聞いた事が有る。……確か四月一日さん、出身は東京や学園内じゃなかったよね? なら」
「なら……なんですか?」
四月一日さんの声が、少し低くなった。
ユキちゃんと同じように高い声でも、低くなった時の印象は随分と違う。
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