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「危ないっ!」
突き飛ばされた事を自覚した時には、もう遅くて。
あの細腕の、何処からあんな力が出るのか。
夕日と月に照らされた偽りの町で、鮮やかに飛び散る紅。
僕の顔に、焼けるようなアスファルトに、近くの意味も無く精巧に作られた住宅に。
飛び散ったそれの発生源は、僕の目の前。
守りたかった人の、守れなかった人の、守られてしまった人の腹部に刺さる先端の尖った太い棒は、奴の右腕と一体化してる。
というより、そもそもあの棒は奴の右腕を変形させた物。
異常を異常と知らなかった幼馴染みの爪先が、それを持ち上げられた所為で、僅かに地から離れる。
悲鳴が喉の所まで出かかって、でも外界へ行く事は無くて。
誰にも知られず、消えていく。
まるで、この学園の子供達その物。
「っか……は」
自身を貫いた凶器を抜かれ、グラリと身体が揺れるカナ姉。
声は悲痛で、苦しげで。
……なのに。
どうして貴女は、微笑んでいるの?
――ドサッ
あの軽い身体が地面に倒れただけの小さい音が、耳の奥でやけに煩く、木霊する。
ジャージにも大きな穴が空いて、傷口から溢れる血が僕の足元まで広がって来て。
次第に白いスニーカーを赤く染め上げる液体には、まだ確かに温もりが残ってる。
でも、その温もりを失い続けるカナ姉がこのまま、人から肉塊になってしまうんだと、認めたくない現実を突き付けるように。
紅は着実に、静かに、広がっていく。
体の力が、抜けていく。
地面にへたり込んで、情けなく震える。
さっきまでしっかりと肩に掛けていた筈のサブバッグの持ち手が、スルリと腕から離れた。
カナ姉を貫いた右腕をブンと一振りして血を払った奴は、無駄に整った顔を此方に向ける。
奴は、人ではない。
例え、人間の女性を象っていても。
子供達は、此奴を鬼と呼ぶ。
だけど、本当の鬼は此奴を作り出した人間だろう。
豊満過ぎる胸は制作者の趣味なのか。
浅黒い肌と黒い髪は闇に溶け込む為か。
そうだとしたら、何故あんなに髪を長くしたのか。
何度か見た事の有る此奴に前から抱いていた疑問が浮かんできたけれど、今はもう、何もかも、どうでも良い。
確実に、次のターゲットは僕なんだから。
人を殺す為に造られた此奴に、慈悲なんて期待出来ないだろう。
けど、彼女と共にこの世から消えるのなら、それはそれで悪くはない。
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