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彼女は気付いてただろうか。
幼い頃から、僕が彼女に淡い恋心を抱いてた事。
……ううん、気付いてなかっただろうな。
気付いてて、無視出来るような人じゃないから。
気付いてたら、受け入れるにしろ断るにしろ、ハッキリ返事をくれただろう。
多分、断られるんだろうけど。
天国って言うのが本当に有るなら、そこでカナ姉にこの想いを伝えよう。
今まで沢山の命を見殺しにしてきた僕らが天国に行けるかどうかは分からないけど。
ま、地獄でも良いか。
そう思って、自分自身を嘲笑した僕に、奴が一歩、近付いた時。
地の底から響いてるかのような、ドスの効いた大きくて低い声。
「何やってんだ阿呆が! 死にてぇのかテメェは!」
その主であろう誰かが、僕の右手首を強引に掴んで走り出した。
突然の事で、カナ姉の側にいたいのにその手を振り払う事も思い付かず、ただ叫ぶ。
「だって! カナ姉が! ……カナ姉が! カナ姉、が……」
声が震える。
視界が歪む。
嗚呼、情けない。
カナ姉に見られたら、きっと笑われる。
僕やカナ姉と同じジャージ姿の誰かに半ば引き摺られながら走ると、誰かは大きく舌打ちをして、振り返る事すらせずに怒鳴り返して来る。
現実を受け入れる事を拒む脳は、髪がポニーテールな事や、少し低めだけど声からして、この誰かは女性というどうでも良い事を理解するのを、優先した。
「黙れ滓! 宮沢さんは大丈夫だから心配すんな! バ……彼奴がなんとかする。多分」
「……君……もしか」
「じゃかーしい。それは後で説明すっから待っとけ」
最初以外は、少し冷静になったのか声のボリュームが下がってる。
カスなんて、普通の状況で言われたなら、笑顔で嫌味を返してやったのに。
それでも、今の僕は彼女の声に僅かに聞き覚えが有る事と、カナ姉を大丈夫と言われた事に反応した。
後者で、少し思考がクリーンになった気もする。
体力が無いのか緊張感の所為か、僕の手首を握る彼女の掌は汗だくで、息遣いもあちこちの悲鳴にも掻き消されないぐらいに荒い。
足元も覚束無く、少なくとも体力の限界が近いのは確かなようだ。
僕の手首を握る力も、だんだんと弱くなっている。
「くっそ! スピードタイプの奴じゃねえ分まだ良いけど、このままじゃ追い付かれんのも時間の問題じゃねーか! オイラは元々、実動向きじゃねぇんだよ、くそったれ!」
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