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少しの間、目を見開いたまま固まっていたユキちゃんが、ゆったりとした動作でそれを拾う。
驚いたような表情でやっぱり固まっている周りの生徒たちも、その様子を口を開けて見てる。
「す、すみません!」
椅子から立ち上がるガタンという音と上擦った声に、本から視線をズラしてみれば、黒い髪を、後ろと横は胸までの二つの三つ編みにし、前髪は顎より下まで伸ばした、大人しそう……というより、地味な女子生徒がこちらに来ていた。
他のクラスメートたちと違い、いつも誰とも机を合わせずに一人で黙々と食事をしてた生徒。
話した事は無いけど、テストでいつも満点を取っている人物で、確か名前は四月一日 沙織(わたぬき さおり)
赤いフレームのメガネの奥でオロオロと目を泳がせており、わたしの前まで来ると、ペコリと頭を下げる。
すぐに頭を上げてから、再び
「ほ、本を読んでたら、手がす、滑ってしまって……わざとじゃないんです! 本当にすみません!」と言って頭を下げる彼女に、胸の前で手を振りながら大丈夫だと伝える。
本当は結構痛かったし、どう手を滑らせたら読んでいた本をわたしの所まで飛ばせるのか気になったが、おかげで高ぶった感情を鎮める事もできたし、もう大丈夫という事にしてしまおう。
だけど、四月一日さんの強い勧めでユキちゃんと彼女と一緒に保健室に行こうと、残っていたパンと苺牛乳を喉の奥に流し込み、ドアの近くを見た時。
心臓が止まるかと思った。
教室の入り口で、わたしとユキちゃんと四月一日さんを見ていた二人組。
片やひたすらにニコニコと笑みを浮かべていて、片やひたすらに無表情。
担任の湯浅(ゆあさ)先生と、副担任の松前(まつのまえ)先生。
いつからいたんだろう。
もしかして、さっきのユキちゃんとの言い合いを聞かれてたんじゃ……。
教室内はわたしやユキちゃんを入れても十人ぐらいしかおらず、当然ながら静か。
運が悪ければ、ユキちゃんもわたしも叱られる。
「あ、松前先生……」
「ん。どうした、四月一日」
「え……いえ。いつからいらっしゃったのかと」
わたしが気になってしょうがない事を、運良く四月一日さんが聞いてくれたのは良いけど、冷や汗で背中がびっしょりだ。
本当、聞かれてたらどうしよう……。
そして、どうして湯浅先生はスルーしてるんだろう。
やがて、松前先生が本当に僅かに口角を上げる。
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