第1章

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最終電車を逃し、額に汗を浮かべながら困ったとため息をつき、ベンチに腰を下ろす。 横では酔いつぶれたサラリーマンがベンチに横たわり大きないびきをかいている。 「お気楽なものだ」 小さく俺は呟いた。 新入社員なりたての頃はやる気に満ち溢れ、残業も苦にならず進んで先輩たちの仕事を手伝っていた。 その時も同じぐらいの時間だっただろか、階段やベンチで酔いつぶれるサラリーマン達を見てこんな風になるものか、と嫌悪していたがその方がいくらかマシだったのかもしれない。 酒を飲み、嫌なことを吐き出し自由に生きる、今となっては彼らが羨ましく思える。 今日も俺は残業だ。 静まり返った地下鉄のホームは不気味でレールが伸びる先は暗く、人を不安にさせる。 ベンチから立ち上がり、自販機へ向かって冷たい缶コーヒーを購入し、手に取る。 「あぁ…」 恥ずかしい。 急ぐあまり首には社員証をぶら下げたままだ。首から外し、薄汚れたカバンに入れようと手にとってそれに視線を落とした。 社員証には顔を引き締めた俺の写真と社員番号、そして俺の名前、『赤木千尋』と書かれている。女みたいな名前だが、恥ずかしさはあまりない。むしろ、サービス残業の嵐のこんなブラック会社勤めてしまったことの方が恥ずかしい。 「漫画みたいに異世界に飛ばされた方がどれだけいいことか」 先日、夜中に帰った時に見た深夜アニメのことを思い出した。 異世界に飛ばされた高校生が剣を片手に美少女達を引き連れ、魔物や悪と戦う物語。命の危険はあるが、目的があり、人に感謝され、恋をする主人公の少年の方が俺なんかよりもずっと充実した生活を送っているように思える。 しかし、今異世界に飛ばされたところで25歳のおっさんとも場合によっては呼ばれる年齢で美少女を引き連れ、世界を救うなんてのは考えられない。やはり、主人公は高校生のように若くてがむしゃらの方がいい。
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