プロローグ

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 斑雲が漂う夜空から、真直ぐに堕ちる少女を赤く染まる手で受け止めた。  咄嗟の事だった。  見た事もない女子高生だった。だが、その体に触れた時、彼女の事を知っているかの様な錯覚に囚われた。  ここは朽ち果てた雑居ビルの四階。  後ろには胸部が内側から破られ、その穴から黒煙が立ち昇り、顔から血を噴き出し絶命しているスーツ姿の漢達が数人。 「……どういう事だこれは」  佐伯 仁(さえき じん)は、眉を潜めそう呟いた。  ~神殺しの人鬼とセイレーンの呪い~ 「恐らく、俺の考える所からすると、その女はアルセニックイーターだ」  重みに耐えかね崩れ落ちるタバコの穂先を眺めながら、スマートフォン越しに会話を続ける佐伯。 「砒素耐性があるんだよ。その昔、ヨーロッパ地方では健康や美容を目的に微量の砒素を摂取していた事がある。その結果、耐性を得た事例もいくつもある」 「……そうだ。犯人も同じ料理を食べたんだ。誰が疑う」  佐伯は最後に「どうせなら興味が湧きそうな事件を持って来い。普通の事件には何ら興味が無いもんでな」と言い残し、スマートフォンの通話を切った。  黒いレザーの高級イタリアンカウチソファに腰を預ける佐伯は、唸る様な溜息を吐くと、スマートフォンをトレンチコートのポケットに滑り込ませ、ガラスローテーブルの向かい側のソファで眠り続ける女子高生に目をやった。  白く長い足。チェック柄のスカート。白いブラウス。セミロングのしっとりとした黒髪。目鼻立ちがくっきりとしつつも日本人らしい奥ゆかしさが残る顔。そしてどこかあどけなさがある。  しかし、頬は少しコケ、目の周りにはクマが出来ている。 「病気か」  眠る女子高生にそう問いかける。
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