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「おい、桔梗」
清明は桔梗を見る。
だが彼女は思い詰めたような表情で首を横に振った。
「ダメです。行かせません」
「何でだ。早くしないと平安が壊滅してしまうぞ」
ファミリアは今や黒猫一頭のみではなかった。
遠くの方でも入り乱れる土や風のエレメンタルに紛れて一際おおきな黒い獣体が幾つか見える。
「だって、私は……」
黒猫は顔を傾けて一心不乱に咀嚼していた獲物をごきゅんと呑み込むと、次の獲物を求めてガラス玉のような目で辺り睥睨する。
緑の光を放つ目が狙いをつけたのは三人ではなかった。
倒壊したイースト・テンプルの瓦礫に紛れて泣く子供が一人。
サウィンの使い魔は年の頃五つか六つといったその男児を次の獲物と定めたようだった。
「おい、あんた! 早くアイツを討ってくれ!!」
たまりかねた舎人長が悲痛な叫びとともに剣を振りかぶって駆け出す。
「桔梗早く!」
清明が吼えるように叫ぶ。
『directive shiki-Spirit : haku-ro
command : critical attack
__enter』
返事の代わりに桔梗が発したのは式神起動ワードの詠唱だった。
小瓶より顕れるのは斧を構えた金色の鬼。
バリバリと地を揺るがすような音を発したかと思うと鬼は一閃の稲光となって飛び黒猫に突き刺さる。
「おおっ」
すぐそばを通り抜けられた舎人長が声を上げる。
電撃に貫かれた敵は、灼かれ、沸騰し――
蒸発するかのように見えた黒い霧はだが、すぐ近くの地に瞬時に寄り集まり元の黒猫の姿を形成した。
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