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「女一人だからなんだって?」
憤怒を下卑た笑みに変えて男は自分の背後に目をやる。
ちょうど人垣を押しのけるようにして仲間らしい数人の衛士鎧が姿を見せる。
「女一人だと、オレたち五人の相手をするのは体がもつかなあって心配かい?」
唱和した笑いがあがる。
仲間たちも男と同じ性質であるらしい。
表情の消えた桔梗は袂から小さなガラス瓶を取り出した。
中にはどろりと蒼い液体が揺れる。
瓶を目の高さに持ち上げると、彼女は歌でも唄い出すかのように口をひらく。
『directive shiki-spirit : bou-shyu
command : regular attack――』
まるで電子音のように響くが、それは間違いなく桔梗の口から発せられた彼女の声だった。
「……お」
男たちの間に緊張が走った。
各々手が腰の剣に掛かる。
「――痛ってえええ!」
響き渡った悲鳴は最初に桔梗に絡んだ男のものだった。
だがそれは彼女の唱えた不思議な言葉の効果ではない。
「清明!」
術を中断した桔梗が嬉しそうに名を呼ぶ。
「何やってんだ?
こんなトコで“芒種童子”を使う気か?」
清明の手は男の頭髪を鷲掴みにして、その身体ごとを無造作に持ち上げていた。
浮いた男の足がバタバタと宙を蹴る。
「清明が先に行くからじゃないですか」
「悪ぃな、小っこいから見えなかったよ。
でもこいつら皆殺しにしてえってんならオレがやるから、お前はやめとけ」
その言葉に男たちの殺気が膨れあがり、次の瞬間には音もなく全員の剣が抜き放たれていた。
その剣には、各々凝った意匠の装飾が施された柄と鍔があるのみで、肝心の刀身がない。
「陰陽師風情が! 大口を叩いたことを後悔させてくれるわ」
「式神出す前にぶった斬ってやる」
グリップのみの得物を構えて口ぐちに威嚇の言葉を発する姿は滑稽そのものだが、男たちの顔は真剣だ。
「先に式神を発動させようとしたのはそちらだ。
悪いが私たちも手加減はしない」
他の舎人と比べると幾分か落ち着きのあるリーダー格らしき男が統率を取るようにそう言うと、一歩進み出る。
そして両手で持った柄を正眼の位置に構える。
『force material : boot 』
この男の言葉もまた、先の桔梗と同じような不可思議な響きをしていた。
ワードに反応した柄から、瞬時に青白い光が伸びて刀身の形を形成する。
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