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俺は黙々と小一時間、皿を洗い続けた。
泡の気持ちが手に取る様に解り始めた頃、氷山の一角と表現するのも吝か(やぶさ)ではない汚物共が、小山程度に減った。
肉体労働で気持ちの良い汗が垂れ、それを袖で拭う。
冷たい水に寄り、手がほんのりと赤くなるも、そこまで苦になる物でも無く、寧ろ綺麗になっていく食器達を見て誇らしくも思えた。
「ほい、追加」
俺って皿洗いとか好きだっんだな、そんな新しい自分とこんにちわしている時に、ハスキーボイスが横から聞こえてくると、小山が一瞬で連峰の如く巨大化する。
そして、綺麗にした筈の我が子達は、再び戦場へと駆り立てられていく。
お前達、頑張るんだよ。
俺も頑張るから。
去り行く女性に抱かれながら、戦場に赴く我が子達はきらりと輝き、任せて! そんな返答が返ってきた様に思えた俺は、鼻の頭に付いた泡を拭ってから、再度疲弊しきった皿達を洗い始めた。
……くそ、油汚れは中々落ちないな。
長時間に及ぶ作業の中、曲げた腰が悲鳴をあげ始めたので少し体を伸ばす。
ここに来た時は、入り口から光が差し込んでいたが、今は光すらなく店内には灯りが点っていた。
減ったら、追加。減ったら、追加。
そんな無限ループを繰り返した結果、追加が来ない事を不審に思って手を止めた。
いつのまにか、夜になっていた様だ。
「あんた、意外と真面目なんだな」
体を伸ばし終わり、もう一息もすれば洗い場から戦士達が居なくなる。
最後の一仕事だな、そう思った矢先に横から、心外な言葉が飛んでくる。
声の方に目線を向けると、丸い背凭れ(せもた)のない椅子に座って、綺麗に片付いた調理場に頬杖を付いている店長。
途中で気付いたんだが、今日この店にいるのは俺とこの人だけ。
それは大変な筈だ。
「意外とは、失敬だな」
「いや悪い、そういう意味じゃないんだ」
俺が少し怪訝な顔をしたからか、直ぐ様自分の発言にフォローを入れた。
「魔王に選ばれた人族の魔王だから、脅しとかで成り上がった奴かと思っててさ。後、顔怖いし」
「魔王を脅す人族って、それ人族?」
後、最後の言葉で労働以上に傷付いた俺が居る事を、忘れないでください。
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