第1章 ピエロ

3/32
前へ
/325ページ
次へ
 女医の声が倫太郎の鼓膜を揺らした。  病院の診察室の前にかけられた札を見れば《大久保 明》という名前なので、はじめ倫太郎は牛乳壜の底みたいな眼鏡をかけた中年男を想像したが、会ってみると三十歳くらいの女医で、髪はボブショートのスレンダーな美女だった。  灰色の地味なスーツに白衣を着た姿が、《なんだか学園ドラマに出てくる保健の先生みたいだ》と、高一の倫太郎はひそかに思っている。  大久保 明(おおくぼめい)。  名前の《あきら》と読まず、《めい》と読む。  「あなたは、どんどん過去へと戻っていく。六歳の少年に戻っていく……」  今、倫太郎は催眠療法で不眠症の原因を探っている最中だ。  父親から診察を受けるように命じられたのには訳がある。  倫太郎の父、光太郎(こうたろう)は商品開発を中心に活動している企画三課の課長だ。
/325ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加