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廊下は人影もなく、そよ風さえ吹かない。窓からは焦げつくような夏の日差しもなく、陽炎のように淡い光が揺らめいていた。
なぜなら学校は海の底に沈んでいたからだ。
木造の校舎はコバルトブルーの海水の中だ。もちろん現実ではなく、頭の中で創造された風景にすぎない。
この《世界》での倫太郎は六歳の少年だった。海の中なのに白いシャツに白いズボンといった姿で、頭にはチョコンと麦藁帽子を被っていた。
おまけに水中を歩きながら息をしている。
その小さな胸が海水を吸い込むたびに口から気泡が吹き出て水面へ昇っていった。
脳内で構成された《世界》は空っぽな水族館の水槽を思わせる空間だった。
いわばバーチャルリアリティで、魚など一匹も泳いでおらず、すべてが劇場の舞台セットのように空々しかった。
周囲を見回しても珊瑚(さんご)はおろか海藻(かいそう)もない。雪のように真っ白な砂丘があるばかりだ。
そんな場所に倫太郎は一人ぼっちだった。
(さびしいな……。おサカナはねむっているのかな?)
彼は誘われるように運動場へ行き、身体に太陽の光を浴びた。
この《世界》では運動場も白い砂で埋め尽くされている。
砂は粉雪のようにきめ細かく、まるでパウダーのようだ。
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