第1章

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「店長、営業終了後、カットチェックして頂けませんか?」 バックルームで美容専門雑誌を眺めていたら ジュニアスタイリストの河井菜々子が俺に声をかけてきた。 アシスタントからジュニアになっても 課題が多い河井は クレームはないものの、入客できるスタイルが限られているために ベースからのスタイルチェンジのスキルをまだ持ち合わせておらず 途中で担当を俺が変わる事が多かった。 「カットチェックもいいけど、 ウィッグだと完全にマスターできないから、今度誰かヘアモデルになれる人、連れてきて」 河井は「はい」と返事しながら続けた。 「でも、スライスの引き出す角度がイマイチ分からないスタイルがあって。。。」 今日は唯一、週に1回の『練習会は休み』という日だから(拘束時間緩和のため) 久しぶりに直帰しようと思っていた。 しかし、育てている後輩から「見てほしい」と頼まれれば、断りにくいのが店長という立場。 でも、河井の気持ちには気づいていた。 みんな直帰する日に 俺に個人的にトレーニングを申し込むのは 。。。。 河井は大人しい印象だけど、よく笑って笑顔は耐えないコだった。 お客様にもウケがいいし 気も利くし 美容師に向いている。 。。。ふと、深雪を思い出す。 深雪も初めは河井と似た印象だった。 しかし全然違うのは 才能。 のみ込みが早くて、カットセンスが抜群に良かった。 深雪、最近会う回数減ったな。 ずっと会わない日が続いても 深雪から会いに来たり、会いたいと言ったりしてこない。 久しぶりに会って抱いても 心ここにあらずな態度を見せる。 深雪はとうとう 俺に関心がなくなってしまったのかもしれない。 身体で溺れさせても、 深雪の知らなかった快楽を 与えてあげるだけでは もう限界だったのかもしれない。 「店長、好きなんです」 河井は個人トレーニングが終わると 帰り支度をしている俺に 瞳を仔犬のようにして すがるように見つめてきた。 深雪が河井みたいに仔犬のようだったら どれだけ、俺は安心できただろう。 きっともう 深雪の首輪はもう外れてしまったんだ。 「恋愛禁止って社則知ってるよね?」
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