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「わかった」
タツオが立ちあがると、教室の視線が集中した。教壇までの道のりがひどく長く感じられる。段ボールに空(あ)いた四角い穴に手をいれる。厚紙の紙片が何枚も重なっていた。あまり強くない相手とあたりますように。手に触れた最初の一枚を避けて、つぎに一枚をつかんだ。ゆっくりと抜きだし、自分では確認せずにジョージに手渡した。
「おめでとう、タツオ。これはいい勝負になりそうだ」
カードを一瞥(いちべつ)したジョージがタツオの耳元でそう囁(ささや)いた。ジョージは声を張りあげ、カードとともに右手を高くあげた。
「Cの1番」
タツオの全身から力が抜けていった。自分の最初の相手は、あの相撲部の怪物・後藤耕二郎(こうじろう)だった。体重差は2倍近くあるのではないだろうか。押し潰(つぶ)されて、全体重で乗っかられてしまえば、それで終わりだ。
教室のなかはサルの檻(おり)のような騒ぎだった。タツオには騒音は半分も聞こえない。呆然(ぼうぜん)としながら、自分の席に戻る途中で、後藤と目があった。頭蓋骨(ずがいこつ)よりも太い首をしている。
「うーんとかわいがってやるよ、かわい子ちゃん」
タツオは青い顔でうなずいて、自分になにが起きたのかよくわからないまま席に着いた。
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