天泣《てんきゅう》

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近づきながら名前を呼ぶと、(はじ)かれたように顔を上げた茉莉は、小走りにあたしの胸に飛び込んでくる。 柔らかな身体が、揺れた。 「ごめんね……瑞希(みずき)」 「待ってなくていいって、言ったのに」 茉莉の綺麗な髪があたしの頬をくすぐる。この一瞬があるから、あたしは大丈夫なんだ。 くすん、と鼻を鳴らした茉莉は、いやいやをするように頭を少しだけ揺らした。 「先生はね……好きな人がいるんだって……ずっと」 あたしが呟くと、茉莉は顔を上げて、悲しそうに微笑んだ。 「そうなんだ……」 その瞳を見つめながら、あたしは少しだけうっとりとする。 こんな風に傷ついている茉莉は、誰よりも愛おしい生き物だ。 あたしが慰める以外に、きっと何者にも(いや)されるはずがない。 「そう。だから茉莉のこと、嫌いなわけじゃないんだよ」 優しく言うと、茉莉はその長い睫毛をゆるやかに伏せた。 本当に綺麗だ、とあたしは思う。何もかも茉莉は、本当に綺麗。 「ありがと、瑞希」 あなたの唇から(こぼ)れると、あたしの名前ですら、なんて美しく響くのだろう。
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