第1章

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「おまえの声、いいな。」 あの人は言った。 声を誉められたのは二度目。 それほど特別珍しくない私の声は、しゃべっているときとはまったく変わるらしい。 いつもはトーンの低いハスキーボイス。 歌い出すとかわるみたい。 どんな風なのかわからないけど、とにかくいつも驚かれる。 今日だって、フラッと入ったカラオケで乗りに任せて歌っただけなのに、こんな誉め言葉を面と向かって言われた私は、その場に固まった。 あの人は私の目をまっすぐ見つめたまま目を逸らさない。 長い前髪の間からのぞく大きく鋭い眼に捉えられて、私の頭は真っ白になった。 「これ、歌って。」 入力された番号が消え、曲名が写し出される。 その曲は私がよく聞くバンドのバラード立った。 イントロが始まり歌い出す。 あの人が私の手を握る。 引き寄せられてその腕の中に背中からスッポリと包まれた。 心臓が跳ねる音がマイクに入るんじゃないかと思うぐらいドキッとした。 それでも平気なフリをして歌い続けた。 「俺よりうまいな。」 あの人はそう言って私の肩に頭をのせた。
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