9

5/5
83人が本棚に入れています
本棚に追加
/40ページ
「…ありがとう。あの人に、親身になってくれて」 「いや、べつに、そんなつもりじゃない、けど…」 マミは言いながら、少し羨ましい、と思った。 今まで出会った男のなかに、マミのいない場所で、マミのために、他人に頭を下げて礼を言ってくれる男がいただろうか。 黙りこむマミを気にするでもなく、哲司は両手で、自分の前髪をかきあげた。 「…やべ、なんか緊張してきた。情けねーな」 そう言いながら、少し笑う。 「…あの人、男の趣味は、悪くないかもね」 思わず呟いた言葉に、哲司が「何?」と言うように視線を寄越すので、マミは慌てて「なんでもない」と、首を振った。 ふたりがそんなやり取りをしている最中、事務所に入っていった類が、フロアに戻ってきた。 ドアの側に立っていた友理奈に話しかける。 「さわさん知ってる?奥にいないんだけど」 「ああ、さっき下のゴミ置き場にゴミ出しに行くついでに、レモンきれたから買って来てってカヨさんに頼まれてたよ?」 哲司がふたりの方を見た。その視線に気づいて、類も哲司を見る。嫌な感じがした。 「レモン、すぐそこのコンビニで売ってるの、さわさん知ってる?いつ出たかわかる?」 もしかしたら、知らずに少し離れたスーパーまで行っているかもしれない。 「知ってると思うよ。前にも買いに行ってるはずだから…そういえば遅いね。お兄さん来るちょっと前に出てるはずなんだけど…」 哲司と類は顔を見合わせた。 「見てくる」 弾かれたように立ち上がり、そのまま外に飛び出す哲司を、マミが驚いた顔で見送っている。 「ごめん!オレもちょっとだけ抜ける!」 そう言うと、類も出て行ってしまった。 「何あれ、過保護?それか、なんかヤバイ感じ?」 たずねる友理奈に、マミは曖昧に「さあ?」と答えた。 よくわからないが、哲司が沙和子を追いかけたなら、マミの計画は概ね予定通りだ。 ただ、ふたりの様子は、明らかに焦っていた。 何か、あったのだろうか。 ー何も無ければいいのだけれど。 哲司が座っていた椅子の足元に、紙袋が転がっていた。勢いよく立ち上がった時に、倒れてしまったのだろう。透明のビニールに包まれた、女物の靴が紙袋からのぞいている。 マミは、それを拾い上げると、ふたりが出て行った扉を見つめた。
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!