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その男は、痩せていて、妙に目だけ大きな男だった。目の下に少しクマができていて、不健康そうな印象だ。少しくたびれたチノパンにスニーカー、ナイロンの黒い上着を羽織っていた。
少し緊張したように入店した男は、店内をキョロキョロと見回し、(案内しようと近付いていったネネを微妙に無視しながら)カウンターの中の沙和子を見つけると、迷わず目の前に座った。
沙和子は少し驚いていたようだが、すぐに微笑んで「いらっしゃいませ」と挨拶をした。
男は俯いて、小さな声でビールを注文した。
沙和子が、男の目の前にビ-ルの注がれたグラスを置くと、男は沙和子をちらりと窺いながら「...俺のこと、わかりますか?」と呟いたのだった。
「...なんか、ちょっとまずい気がする」
類がそう呟くと、隣を歩いていた沙和子は、類を見上げた。
店からの帰り道だ。
「まずい?何がですか?」
「あの人。今日の、うちのアパートの一階に住んでるっていう、客」
自分のことをわかるかと訊かれた沙和子は、一瞬考えた後、すぐに男が一階の住人だということに気が付いた。(何度か見かけていた。一応、挨拶くらいは交わしたことがある。)
沙和子がそれを伝えると、男は嬉しそうに少しだけ口元を動かした。
「ここで、働いてたんだね」と偶然のように言っていたが、類には、男はわかっていて来店したように見えた。
「店で働いてる子たちってさ、絶対に客に家の場所とか本名とか、教えないんだよね」
「そういうものですか」
類は軽く頷く。
「けっこういるんだよ、仕事で愛想良く接してるだけなのに、女の子のこと自分の彼女かなんかだと勘違いして、店以外でばっかり会いたがる客とか。そんで、酷いと、家調べて来ちゃったりとか。まあ、簡単に言うと、ストーカーみたいになっちゃってんだよね。本人は気付いてないけど」
「...それは、怖いですね」
「うん、怖いよね。一人暮らしの女の子とか多いし」
沙和子は首を捻る。
「...あの、西山田さんという方は、たまたま同じアパートだっただけなのでは...」
男は西山田と名乗った。32歳だとも、言っていた。
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