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「うん、そうなんだけどね」
類は神妙な面持ちで、沙和子の隣を歩いている。
「なんか、同じアパートに住んでるって、ちょっと嫌だなと思ってさ」
類が同じアパートの住人だということに気付いているのかいないのか、西山田は、類には一切からもうとしなかった。
正確に言うと、沙和子にしか、興味を示さなかった。
夜が更けるにつれ、客が増えてきたので、それにかこつけて沙和子をさりげなく他のテーブルに移動させると、西山田はすぐに帰ってしまった。
他のキャストが外まで見送りに行こうとしたが、それを断り、そそくさと出て行ってしまった。
「なんか暗い人~」と言って類を振り返る女の子に、「まあ、そう言わず」と笑って返した類だったが、同じ感想を抱いていた。
「ひとりで、外出ないでね。出勤の日も、オレ、一緒に行くから」
類がそう言うと、沙和子は小さく笑った。
「哲司さんも、似たようなことを言ってました」
「てっちゃんが?…なんで」
沙和子が先日の出来事を話すと、類はあからさまに不機嫌な顔になった。
「…なんで、オレに言わないの」
「そんな、たいしたことではないと、思って…」
類は黙って、少し歩く速度を上げた。沙和子の少し前を歩きながら、「てっちゃんも、言えばいいのに。聞いてれば、今日だって、一緒に店まで行った」と呟いた。
類には、店での接客の他に、細々とした仕事がある。昼過ぎに家を出て、そのまま出勤することも多々あった。
多分、哲司は自分に話したくなかったのだろう。
そう考えると、自分の沙和子に対する気持ちを見透かされているようで、イラつく。
そんなつもりはない。それが伝わる程度に、ふざけているつもりでいたのに、哲司には、そうは思われていなかったようだ。
"同じことを、繰り返すな。"
芽衣子の声が聞こえてくるようだった。
「類さん?」
かけ足で隣に並び、心配そうに自分を見上げる沙和子を見て、類はため息を吐いた。
歩調を、沙和子に合わせる。
「ごめん。ゆっくり歩く」
類が謝ると、沙和子は小さく首を振った。
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