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もしかしたら自分は彼女の中ではもう、それこそ二人が言うように、女たらしの(そうなれるかは、別として)嫌な男、みたいな存在なのではないだろうか。 顔も見たくないと、そう思っているかもしれない。 「…もう一度会って、さわさんと話をして」 哲司は、視線を上げて、マミを見た。マミは、先程より柔らかい表情で哲司を見つめていた。 「…あの人、俺に会いたいと思ってるかな」 マミがため息をつく。 「…顔も見たくないくらい嫌いだったら、そんなに落ち込まないんだってば。怒ってたらそれでいいんだから。…そうなれないから、代わりに泣くんでしょ」 マミはカウンターに寄りかかるようにして、哲司と視線の高さを合わせた。 「別に、ふたりの仲を取り持ちたいとか、そんなんじゃないの。…離してあげてほしいだけ。お兄さんがうっかり掴んじゃった、あの人の手を。 …あの人、家に帰るなら、その後、ひとりでずっと辛いままじゃん。…ちゃんと、あの人の気持ち聞いて、その後、きっちり振ってやって」 告白すらさせてもらえないなんて、そんなのは辛すぎる。 哲司の事情はわからないが、不誠実な人間には見えない。きっと、簡単な理由ではないのだろう。 でも、そうだとしても、一緒に傷つくべきだ。 一度でも手をとったなら、離す時には、ふたりとも等しく傷つくべきだ。 それが、マミの考え方だった。 「オレも、マミちゃんの意見に、賛成で」 ずっと黙って見守っていた類が、小さく右手をあげて呟いた。 哲司の気持ちは、類には痛いほどわかる。 でも、類が心配して声をかける度、弱々しい笑顔で「大丈夫」を繰り返す沙和子の姿を見ていると、胸が痛んだ。 できれば、元気になってほしい。笑ってほしい。 家に帰った後に泣かれたら、慰めることすらできない。 「沙和子、早く上がれるように美優さんに頼んでくるから、帰んないで待っててね」 哲司は小さく頷いた。 「…わかった」 マミが、一瞬だけほっとしたような顔をした。 それに気づいた哲司の表情がやわらぐ。 「…沙和子のこと、嫌いなんだと思ってた」 マミは拗ねたように、そっぽを向く。 間違っても、類が沙和子に好意的だったから、などと哲司に言うわけにはいかない。 「…別に、好きじゃないけど…悪い人ってわけじゃないし、何日も一緒に暮らしてれば、あの独特な感じも、慣れるってゆーか…」 珍しく歯切れの悪いマミを見て、哲司は少し笑った。
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