嘘を吐くその唇で

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「それはチビでもやしとでも言いたいのか?」 「違う。俺はただ、抱きしめやすいと思っただけだ。怒らせたなら謝る」 「意味が解らんわ!」  なにを言っているのか、本当に解っているのだろうか。するりと腕を離してソファーから立ち上がるこの男は、一体なにを考えているのか。目を細めるその仕草だけでは理解ができない。  からかうだけなら他を当たってほしい。だがそう思う反面、他に行かないでほしいとも思う。「抱きしめやすい」とそのひとことだけでも、全身が赤く染まるのだから。 「行くぞ、園井」 「あ……、は、はい」  スーツケースを引くあとを追う弘也はこのままやっていけるのかと再度不安に駆られたが、振り返った伊左早に右手を掴まれて吹き飛んでしまった。もはや心臓が破裂しやしないかとそっちの心配しかない。  玄関を締めたカギは「そのまま持っていろ」と言われ、ショルダーバッグの外ポケット――定位置にしまっている。スーツケースはトランクに収まり、腕を引かれて助手席に乗せられた。  運転席側に回る伊左早を見るに、エスコートをされていると気づく。むず痒さに赤面する顔を見られないようにするために、景色を眺めるふりをした。  ドアを閉める音のあとにシートベルトを締める音が響き、躯が固くなる。慣れないふたりきりの空間に戸惑いながらも締め忘れていたシートベルトを締めるが、会話の糸口を探すのでいっぱいいっぱいであった。ぐるぐる巡らせる思考でそういえばと気づく弘也は、しどろもどろに伊左早に訊ねる。
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