嘘を吐くその唇で

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 園井弘也(そのいひろなり)が走るのは、「父が倒れた」と連絡を受けたからだ。いつもならこの冷たい冬の空気を「寒い寒い」と嘆くところであるが、今日はそんな余裕などなかった。  バイトを終えた午後九時過ぎ、バイト先がある街中は明るいが、一歩住宅街に入ってしまえば喧騒もない。静かな道に響くのは弘也の足音と乱れた息だけだ。  母から連絡を受けた姉が言うには過労らしいが、どうやら借金の保証人にもなっていたようだ。上司に頼まれてということのようだが、アホかと呆れてしまうのはしかたがないことだろう。 「姉ちゃん!」 「ヒロくん」  息を切らせる弘也を「お帰りなさい」と出迎えた姉の目は赤く、泣いていたことが明白だった。母は父に付き添っているから、家には彼女しかいない。 「あのね、いまヒロくんの知り合いだという人が来てるんだけど……」 「知り合いって誰だよ?」  履き潰したスニーカーを脱いで玄関ホールに上がり、コートを脱いで脇に挟めば、姉は顎に指を添えた。 「えと……、いさ……なんだったかな……? 美人さんでね、顔ばかり見ちゃって、話、あんまり聞いてなくて……、ごめんね……」 「……もしかして、伊左早(いさはや)って名前じゃないか?」 「そうそれだ! ヒロくんよく解ったね」 「中学のときクラスメイトだったからな」 「そうだったんだ」  廊下を進む弘也のあとを追いかけながら真冬(まふゆ)は「あ」と紡ぐ。 「父さんの借金なんだけど、許してあげてね」 「連帯保証人とかバカじゃねーの。いくら上司だろうと親戚だろうと仲がよかろうと、ほいほいと連帯保証人にはなるなって昔から言われてるぞ」 「でも上司だし……、簡単には逆らえないよね?」 「それは……解ってるんだけどさぁ」  だいぶ息が落ち着いた弘也は嘆息を吐き、真冬の「やだ、待たせっぱなしだった!」との声にそうだと早足になる。  リビングのソファーに腰をかけて足を組んだ男は、マグカップを手に弘也を一瞥すると、顎で座るよう示した。提げているショルダーバッグを肩から外して向かいに座る弘也と真冬は小さく頭を下げる。 「待たせて悪いな、伊左早」 「そんなに待ってないから変な気を遣うな」
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