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スーツ姿の伊左早秋穂(いさはやあきほ)はマグカップをテーブルに置くと「待ったのは三分ほどだ」と吐き捨てた。後ろに流した髪は不釣り合いだが、そうしなければ年より幼い印象を与えてしまうからだろう。伊左早のその顔立ちは秀麗なのだから。その証拠に、「美人」というその言葉を本人は嫌というほど聞いている。
相も変わらず綺麗な顔に弘也の胸は高鳴るが、走ってきたからだと言い聞かせて自身を戒めた。
「あの、それで……、どういうお話なんでしょうか?」
「単刀直入に言うが、借金は俺が肩代わりして払っておいた」
「なんだって!?」
伊左早の言葉に弘也は目を見張る。真冬も目を丸めて「え、えっ……?」と困惑していた。どうしてなのかと。
「疑うなら完済証明書を渡してやるぞ。コピーになるが」
「そういう話じゃなくてだな! お前がなんで肩代わりしてくれたのかって話だから!」
「クラスメイトだからな。助けるには充分だろ。肩代わりをする代わりに、俺は園井と愛人契約を結ぶことにした」
「はあ!?」
今度は卒倒しそうなほど驚く弘也だが、このまま意識を失った方が幸せかもしれないとさえ思う。愛人契約に乗る気はないのだから。
「なんだ、なにか文句があるのか?」
「当たり前だろ! わけ解らんことを言うな! 肩代わりしてくれたのは礼を言うし、金だって少しずつだけど返してく。だけどなお前、愛人契約ってなんの話だよ!?」
「そのまんまだろ」
「オレは男ですが。愛人だっていうなら、姉ちゃんじゃないの?」
男の愛人もいることにはいるだろうが、愛人と聞いて浮かぶのは女だ。女顔だと言われてきていたが、自分にはついてるものもきちんとついてる。弘也はぽかんと口を開けたまま、なぜ自身が選ばれたのだろうかと考えていた。結論は「意味が解らない」であるが。
「女は苦手なんだよ。もしも孕ませたりしたら、それなりの責任を取らなければならないからな。そもそも真冬さんには彼氏がいるし、寝取るのは修羅場だろ。俺はごめんだ」
「は、孕ませるとか、お前、女性を前にしてるんだからもっと言葉を選べよ!」
「孕ませる孕ませる孕ませる孕ませる」
「うわああああ! やめろー!」
淡々と紡がれる言葉に熱が籠る。いくら耳を塞いでいようが、聞こえるものは聞こえるものだ。
「ヒロくん、顔が赤いよ」
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