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私も同感だ…昂洋先輩の不在の本当の理由を知る以外は。
昂洋先輩がいないだけで部活全体の空気も合奏の音も微妙に違う。
「何ぃ~、イケメンだったらここにもいるべ」
通りがかりに私達の会話を聞いたテューバの三年、城内先輩が美咲の顔の前で冗談混じりに手をひらひらさせた。
「はいは~い」
適当にあしらう美咲。私は吹き出した。
「ちぇ、見る目ねえの」
「先輩、桜祭りの時にテューバソロ吹いてたら、モテモテだったかもしれないのに(笑)」
「昂洋に『完成度が低い』って却下されたんだよ。あいつ、男にはオニだぜ」
私達は笑った。
部のムードメーカー、城内先輩は多分、美咲のことが好きだと思う。美咲は気づいてないけど。
近年稀な35人超えの賑やかな部。
あちこちで恋の花もまた、たくさん咲いていた。
…そんな青春×スパルタ合宿が始まる、数日前のこと。
入部以来、親切な憧れの先輩という以上に昂洋先輩と距離が近づくわけでもなく、1年3ヶ月目が過ぎていた。
私は昂洋先輩の優しさとかユーモアとか音楽に対する真剣さとか…色んな「好き」ポイントを見つけてはどんどん「好きな気持ち」が大きくなっていった。
7月も半ばだというのに、この地方は「やませ」と呼ばれる海からの冷たい霧雨まじりの風に覆われている。
五月晴れの頃には邪魔だったブレザーをまた着込みたくなるような気候だった。
私は日直の仕事で部活に遅れそうになり、普段使わない廊下を急いで歩いていた。
…というより、誰もいなそうなのをいいことに走っていた。
と。
「きゃああっ!」
「うわああああっ!」
曲がり角で思い切り誰かとぶつかった。
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